ザックール・テトローデ方程式

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ザックール・テトローデ方程式: Sackur–Tetrode equation)またはサッカー・テトロードの式は、統計力学において内部自由度のない古典的理想気体エントロピーを表す状態方程式である。希ガス水銀蒸気などの単原子気体標準モルエントロピーは、この式から計算される。分子回転運動分子振動などの内部自由度がある理想気体では、この式から分子の並進運動によるエントロピーが計算される。1912年ドイツオットー・ザックールOtto Sackur)とオランダヒューホー・テトローデ(英語版)Hugo Martin Tetrode)がそれぞれ独立に導いた。

内容

ザックール・テトローデ方程式は、温度 T体積 V、原子数 N平衡状態にある単原子理想気体のエントロピー S を表す方程式

S = N k ln [ ( 2 π m k h 2 ) 3 / 2 T 3 / 2 V N ] + 5 2 N k {\displaystyle S=Nk\ln \left[\left({\frac {2\pi mk}{h^{2}}}\right)^{3/2}{\frac {T^{3/2}V}{N}}\right]+{\frac {5}{2}}Nk}

である。ここで kボルツマン定数hプランク定数m は原子の質量である。導出の際にはギブズのパラドックスも考慮される。

この系の内部エネルギー

U = 3 2 N k T {\displaystyle U={\frac {3}{2}}NkT}

と表され、これを用いると

S = N k ln [ ( 4 π m 3 h 2 ) 3 / 2 U 3 / 2 V N 5 / 2 ] + 5 2 N k {\displaystyle S=Nk\ln \left[\left({\frac {4\pi m}{3h^{2}}}\right)^{3/2}{\frac {U^{3/2}V}{N^{5/2}}}\right]+{\frac {5}{2}}Nk}

となる。

温度 T に依存する熱的ド・ブロイ波長

Λ = h 2 π m k T {\displaystyle \Lambda ={\frac {h}{\sqrt {2\pi mkT}}}}

を用いると、ザックール・テトローデ方程式は

S N k = ln V N Λ 3 + 5 2 {\displaystyle {\frac {S}{Nk}}=\ln {\frac {V}{N\Lambda ^{3}}}+{\frac {5}{2}}}

と簡潔に表すことができる。

この方程式によりエントロピーが定数を含めて定まり、熱測定から求めた第三法則エントロピーと比較することで、ミクロな定数の組み合わせ m3/2k5/2h−3 を決定することが出来る[1]

温度を絶対零度まで近づけていくと、ザックール・テトローデ方程式のエントロピーは負の無限大に発散してしまい、絶対零度でエントロピーはゼロであると主張する熱力学第三法則に反する。この方程式は古典領域(十分に高温)では良く成立するが、低温では破綻する。

統計力学を使わずに熱力学から導いた理想気体のエントロピーは

S = C p ln T n R ln p + n R ( 5 2 + i ) {\displaystyle S=C_{p}\ln T-nR\ln p+nR\left({\frac {5}{2}}+i\right)}

となる。ここで Cp定圧熱容量R気体定数n物質量p圧力i は物質の種類で決まる定数化学定数という[2]。ザックール・テトローデ方程式に V = NkT/p を代入した式とこの式を比較すると、Cp = (5/2)Nk が満たされていることが分かる。また、統計力学を使わずに熱測定から求めた化学定数 i が、ミクロな定数の組み合わせ m3/2k5/2h−3

i = ln [ ( 2 π m h 2 ) 3 / 2 k 5 / 2 ] {\displaystyle i=\ln \left[\left({\frac {2\pi m}{h^{2}}}\right)^{3/2}k^{5/2}\right]}

の関係にあることが分かる。アルゴンなどの第18族元素水銀などの第12族元素、および第2族元素では、この関係式から計算した化学定数と熱測定から求めた化学定数が一致する。よって、これらの元素の単原子気体のエントロピーはザックール・テトローデ方程式で与えられることが分かる。第1族元素第11族元素および第15族元素では、この関係式から計算した化学定数は熱測定から求めた化学定数よりも小さい。これは、これらの元素の原子が内部自由度を持つためである。原子の内部自由度を考慮すると、上の関係式は

i = ln [ ( 2 π m h 2 ) 3 / 2 k 5 / 2 ] + ln g 0 {\displaystyle i=\ln \left[\left({\frac {2\pi m}{h^{2}}}\right)^{3/2}k^{5/2}\right]+\ln g_{0}}

と修正される。ここで g0 は原子の基底状態縮退度であり、原子分光法により求められるミクロな定数である。希ガス原子や水銀原子などの閉殻原子では g0 = 1 であり、ナトリウムなどのアルカリ金属原子では g0 = 2 である。原子の軌道角運動量が零でない他の元素の単原子気体や電子が励起されるほどの高温では、この式も成り立たなくなる[3]。また、分子からなる気体の場合は分子の回転運動分子振動などの内部自由度も考慮する必要がある。一般には、内部自由度がある理想気体のエントロピーは、並進運動によるエントロピーと内部自由度によるエントロピーの和として表される。並進運動によるエントロピーは、気体粒子の質量 m と粒子の数 N からザックール・テトローデ方程式により計算することができる。内部自由度によるエントロピーは、原子分光法、赤外分光法マイクロ波分光法などにより求められたミクロな定数から統計力学的に計算することができる。

導出

古典的な分配関数による導出

古典系における分配関数を扱うため、十分に温度が高い状態を考える。まず3次元の体積 V の容器の中を運動する1個の粒子を考えると、この1粒子系のハミルトニアン H

H ( p , q ) = 1 2 m ( p 1 2 + p 2 2 + p 3 2 ) + U ( q 1 , q 2 , q 3 ) {\displaystyle H(p,q)={\frac {1}{2m}}(p_{1}^{2}+p_{2}^{2}+p_{3}^{2})+U(q_{1},q_{2},q_{3})}

と表される。U(q) は粒子が容器内に囚われていることを示すポテンシャルエネルギーであり、容器の中では 0 になり、外では十分に大きな正の値をとる。このハミルトニアンを使うと、温度 T の平衡状態での分配関数は位相空間上での積分より

Z 1 = ( i = 1 3 d p i d q i h ) e H ( p , q ) / k T = 1 h 3 { i = 1 3 d p i e p i 2 / ( 2 m k T ) } ( V d 3 q e U ( q ) / k T ) = ( 2 π m k T ) 3 / 2 h 3 V = V Λ 3 {\displaystyle {\begin{aligned}Z_{1}&=\int \left(\prod _{i=1}^{3}{\frac {dp_{i}dq_{i}}{h}}\right){\text{e}}^{-H(p,q)/kT}\\&={\frac {1}{h^{3}}}\left\{\prod _{i=1}^{3}\int _{-\infty }^{\infty }dp_{i}\,{\text{e}}^{-p_{i}^{2}/(2mkT)}\right\}\left(\int _{V}d^{3}q\,{\text{e}}^{-U(q)/kT}\right)\\&={\frac {(2\pi mkT)^{3/2}}{h^{3}}}\cdot V\\&={\frac {V}{\Lambda ^{3}}}\end{aligned}}}

となる。ここで Λ {\displaystyle \Lambda } は前述の熱的ド・ブロイ波長である。運動量による積分はガウス積分を用いて計算した。

次に粒子数を増やして N 個の粒子を考える。気体粒子同士は相互作用をしないものとする。さらに各粒子は区別できないものとすると、N 粒子系の分配関数は

Z = 1 N ! Z 1 N = 1 N ! V N Λ 3 N {\displaystyle Z={\frac {1}{N!}}{Z_{1}}^{N}={\frac {1}{N!}}{\frac {V^{N}}{\Lambda ^{3N}}}}

となる。ここからヘルムホルツエネルギー

F = k T ln Z = N k T ln V N Λ 3 N k T {\displaystyle F=-kT\ln Z=-NkT\ln {\frac {V}{N\Lambda ^{3}}}-NkT}

となる。ここで階乗対数スターリングの近似 ln N! ≈ NlnNN を用いて評価している。従って、エントロピーは

S = F T = N k ln V N Λ 3 + 5 2 N k {\displaystyle S=-{\frac {\partial F}{\partial T}}=Nk\ln {\frac {V}{N\Lambda ^{3}}}+{\frac {5}{2}}Nk}

となり、ザックール・テトローデ方程式が導かれる。

さらに圧力は

p = F V = N k T V {\displaystyle p=-{\frac {\partial F}{\partial V}}={\frac {NkT}{V}}}

となり、この系が理想気体の状態方程式を満たすことが分かる。また、内部エネルギーは

U = F + T S = 3 2 N k T {\displaystyle U=F+TS={\frac {3}{2}}NkT}

となる。

ザックール・テトローデ定数

ザックール・テトローデ定数とは、温度 T = K標準圧力100 kPa または 101.325 kPa)で、質量 mu = u = 1.660538782(83)×10−27 kg の粒子からなる理想気体1モルにおける S/kN の値であり、S0/R と表記される。2014CODATA 推奨値は、以下のとおり。

S0/R = −1.1517084(14) (po = 100 kPa)[4]
S0/R = −1.1648714(14) (po = 101.325 kPa)[5]

脚注

  1. ^ 田崎 p.138
  2. ^ 中村 p.137
  3. ^ このような場合、化学定数 i が物質の種類だけでなく、温度 T にも依存するようになる。
  4. ^ “Sackur-Tetrode constant (1 K, 100 kPa)”. NIST. 2015年11月18日閲覧。
  5. ^ “Sackur-Tetrode constant (1 K, 101.325 kPa)”. NIST. 2015年11月18日閲覧。

参考文献

  • 中村伝『統計力学』岩波書店〈物理テキストシリーズ〉、1967年8月。ISBN 4-00-007750-3。 
  • 田崎晴明『統計力学Ⅰ』培風館〈新物理学シリーズ〉、2008年。ISBN 978-4-563-02437-6。 

関連項目

統計集団
統計熱力学
  • 特性状態関数(英語版)
分配関数
  • 並進(英語版)
  • 振動(英語版)
  • 回転(英語版)
状態方程式
エントロピー
粒子統計
統計的場の理論
  • 共形場理論
  • オスターワルダー–シュレーダーの公理(英語版)
量子統計力学
その他